挑戦し続ける人生 ~仲田光雄~【前編】

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様々な分野で幅広く活躍する、仲田光雄さんの今までの経歴に迫ります!

こんにちは。ライターのかおりんです。

今回は、音楽・文化・芸能関係で幅広く活躍されている元雑誌編集長で、TEDスピーカーであり、プロデューサーの仲田光雄さんを取材しました。

仲田光雄(Mitsuo Nakata)


元異文化情報エンターティンメント誌「NOVA STATION」編集長。

「TED×WasedaU」スピーカー。

イスラエルやマレーシアなど政府観光局の招聘で多くの国を取材。国内外のアーティストや著名人約1000名をインタビュー。

2014年にリアルの日本文化や習慣などを発信するYouTube番組「Tokyo Voice TV」を立ち上げ、

2015年には葛飾北斎ゆかりのお寺を中心に「北斎プロジェクト協会」を立ち上げて代表理事に就任。文化や音楽、芸術、ファッションなどを通して、世界中の人たちに日本に興味を持ってもらうことでインバウンドに繋がる活動を幅広く展開。


うーん、なんとすごいご経歴!!
とにかく活動が幅広いです!!

仲田さんは先日1/26に行われたKanattaの一周年イベントで、パネルディスカッションのパネラーとしても登壇。3/2のリアルクラウドファンディングイベントでも審査員として参加して頂く予定です。

イベントについて、詳しくはこちら↓↓

過去に雑誌の編集長としてもご活躍され、世界の著名人を取材してきた仲田さん。
ライターとしては、取材するのはとても恐れ多いというか…頭が上がりません…(笑)
そんな仲田さんのご経験について、様々お話を聞かせて頂きました!

【目次】

・卒業後、ハワイへ
・出版業界に飛び込む
・経験から培われた直感
・多くのアーティストから信頼を得る

卒業後、ハワイへ

かおりん:学生時代から、現在に至るまでのご経歴を教えて頂けますか?

仲田さん大学は経済学専攻で、財政学のゼミを選択していました。

教授は大蔵省の元官僚で、銀行系の企業を志望すれば、即役員面接という優遇をされていたので、銀行に就職する人が多かったです。

しかし、そんな状況の中、私は金融業界に進むのをやめて、ハワイに行ったんですよ。

卒論で近代経済学のケインズ理論を調べていて、あ、今後金融業界は破綻し再編していくなという未来が見えてしまって…(笑)

ハワイ・マウイ島にて

旅行も大好きだったので日本中を廻った後、海外に行こうと思い立ってから、ハワイの素晴らしさに魅了されて、2年程マウイとオアフに住んでいました。

日本ではまだ珍しかったホエールウォッチングをしたり、ハワイの情報を日本に持っていくなどしていた時に、マガジンハウスの編集長と出会いライターになったのがマスコミ業界に入ることになったきっかけですね。

出版業界に飛び込む

仲田さん:当時の大手出版社は、ライターはライター、編集者は編集者と役割が決まっていましたが、マガジンハウスは垣根があまり無く、フリーが中心で、企画立案から取材、ラフレイアウトまで全部やる。それが面白かったですね。

その時に、音楽関係、芸能関係の方やプロデューサー、カーレーサーやファッション業界の方など、多くの著名人との繋がりもできました。

イスラエルで撮影した一枚

その後、ご縁があり出版社で経済誌のライターの仕事もしていましたが、その取材で出会ったNOVAの社長にヘッドハンティングされ、出版局の立ち上げに加わり、雑誌「NOVA STATION」の編集長になりました。「NOVA STATION」はエンタメ中心の雑誌だったので、ほとんど私のネットワークで、海外の音楽、映画、旅行など、幅広い内容を扱いましたね。

雑誌「NOVA STATION」を基軸に、電波媒体やイベントとのメディアミックス、CDプロデュース、TVCMの音楽、海外取材、単行本プロデュース、F3カーレース取材など実に多くのことを経験させていただきました。

当時「NOVAで一番面白いことをやっているやつ」なんて噂が流れたほどです(笑)
この時の経験が、今の私の活動の元になっています

経験から培われた直感

仲田さんクリスティーナ・アギレラがまだ無名の新人だった時、プロモーター(放送局や雑誌媒体、またはレコード・ショップに対してアーティストや曲の販売促進活動をする人)の知人から彼女を紹介してもらった時は、衝撃を受けましたね

以前ソニーとマライア・キャリーに関した仕事をしていたこともあったのですが、マライアと出会った時と似た感覚とオーラを感じました。

雑誌「NOVA STATION」では多くのアーティストが登場

すぐにレコード会社にセッティングをしてもらって、取材を行っていたまさにその時に、アメリカからマネージャーに国際電話が入り、「アギレラの曲がビルボードで1位になった!!」と。アギレラやマネージャーと一緒に大喜びしたことは今でも忘れられません!

日本で最初に彼女を大きく取り上げたのが私の記事でした。そこから、自分の直感や感性に確信がもてるようになりましたね。ブリトニー・スピアーズのデビュー曲を聞いたときも、あ、これは化けるな!と思いましたよ。

多くのアーティストから信頼を得る

仲田さん:また、取材をした海外のアーティストからもたくさん手紙を頂きました。

あれだけ毎日アーティストのお世話をしているレコード会社のプロモーターでも、一枚も手紙をもらったことがないのに仲田さんはなぜ?と言われるほど、私はたくさんのお礼の手紙を頂きました。

デュラン・デュランのアンディ・テーラー、ロバート・パーマー、シックのトニー・トンプソンが集まって結成された伝説のロックバンド「パワー・ステーション」紙媒体で取材できたのは「NOVA STATION」1紙だけ。いわゆる独占取材です。他の有名な海外音楽雑誌でも取材はできなかった。

ロックグループ「パワー・ステーション」。
向かって左からデュラン・デュランのアンディー・テイラー、ロバート・パーマー、シックのトニー・トンプソン

それを機に、さらにレコード会社からも信頼を得ることができ、アーティストCDの推薦文を書いたり、アーティストのメディア戦略などの相談を受けることも多々ありました。

また、今までインタビューしたアーティストの楽曲を集めたコンピレーション・アルバム「Emotional Collage」を私がプロデュースし、東芝EMIから発売しました。

元々ビートルズが大好きで、同じレコード会社からCDを出すのが学生時代からの夢だったので、東芝EMIからCDプロデュースの話を頂いたときは大感激でした!ある意味でのメジャーデビューです(笑)

そのようなことがきっかけで、国内外のアーティストからも個人的に相談を受けるようになりました。取材がきっかけで知り合った元メガデスのギタリスト、マーティ・フリードマンからは、「日本で本格的に活動したいから、マネジメントをお願いしたい」と頼まれた事もありました。

本来であれば、音楽関係の人に依頼するところを、なぜか私のところに来たんですよね。また、私の自宅に食事に来たこともありますよ。

マーティ・フリードマンの日本での本格的な活動をサポート

かおりん:手紙をもらったり、色んな人から慕われる原因は、何が一番大きいですか?

仲田さん:おこがましい言い方ですが、人を惹きつける何かがあるのかもしれません。いろんな人が頼りにしてくれるのは、本当に嬉しいしありがたいです。

レコード会社の人にも言われましたが、会社とつきあっていくのではなく、仲田さんと仕事がしたい」と言ってくれる人が多かったです。

かおりん:その魅力や信頼は、やはり経験からついたものなんでしょうか?

仲田さん:それも大きいと思います。また良く言われますが、いつも楽しそうだと。

アーティストは多くのメディアから取材を受けるので、同じ話題だったらつまらないし、みんなと同じことを聞いても面白くない。

その人の人間性や、作品が生まれた背景など、相手のことをきちんと理解してから取材する。

取材相手を好きになることが大事ですね。作家さんなら多くの著作を読むし、アーティストならアルバムの隅々まで曲を聴き込みます。
あるアーティストは私が好きだと言った曲をその場で弾いてくれて、ディレクターがこんなことは初めて!と驚いていました。

著名人ほど出会った数分で相手のことを判断します。この数分で相手の信頼を得ることができるかどうか。その数分が勝負の分かれ目ですね!

仲田さんが目の前の一人を大事にして、信頼を得てきたことがよくわかります!
現在の活動については、後半へ続く…!
↓↓↓

挑戦し続ける人生 ~仲田光雄~【後編】

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